三重県遺族会へお願いしました。

Japanese war diary could find its way home

 

清水 實さんは、硫黄島の何処ら辺で戦っていたのだろうと思い
今日も検索しまくってたらありました。

「十二糎高角砲配置表」の書類に清水實さんが載っていました。
※書類には名前が稔と書かれていますが兵籍番号が實さんの
呉徴水六四二五六なので書類のほうが誤字です。


十二糎高角砲台 (摺鉢山交代ニヨル)と書かれてます。

 

硫黄島空中写真測図要図  1万分1 昭和19年測図です。
摺鉢山の近くに高射砲陣地が2つあります。
そのうちのどちらかの三番高射砲で戦われていたようです。

また、一緒に捜索に協力してくれているスタッフが
鈴鹿市にお住まいの清水さんにお問い合わせしたところ
残念ながら不発でした。
おそらくこれ以上の情報を得ることは出来ないだろうと思い

手帳以外の収集した情報を含め、三重県の遺族会へと託しました。

住所:三重県鈴鹿市庄野町六丁目
氏名:清水 實
配属:硫黄島警備隊千鳥十二糎高角砲台 第二分隊
三番高射砲 担当
兵籍番号: 呉徴水六四二五六
日記に「田津子」の名前有り

天皇の為に硫黄島の土となるのは惜しまないと
書かれたこの手帳を、實さんの分身となって
日本へと帰還し、土を踏ませてあげたい

そんな気持ちです。

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