Might Be Pre-WW2 Photos of People from Our Prefecture
沖縄タイムス社より新聞記事を頂きました。
有難うございます。
キセキ遺留品返還プロジェクト [NPO法人]
Looking for Owners Found in Former U.S. Soldier’s Possessions
太平洋戦争に従軍し、昨年1月に亡くなった元海兵隊員の遺品から、沖縄県出身者と思われる家族の写真など6枚見つかった。写真館で撮られたと思われる家族写真や小学校の集合写真などで、写っている少女の3歳~小学生ごろまでの成長が確認できる。米兵が戦地から持ち帰った遺留品を遺族に返す活動をしている米国のボランティア団体「キセキ遺留品返還プロジェクト」は、「写真に写っている少女は存命の可能性もある。家族に返したい」と情報提供を呼び掛けている。(社会部・吉川毅)
沖縄タイムス
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/383136
Yahoo Japan
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190209-00383136-okinawat-oki
Might Have Gone to War from Our Prefecture
Photos of Former Japanese Soldiers
Wishing to Return to Families
Woman from Charity Organization
Seeking Related Information
私達の返還活動が山形新聞の記事に載りました。
この記事を読まれ、関係者の情報が届けば嬉しいです。
山形新聞のWebsiteには去年の11月21日にスタッフが訪問された際
「時越え届く、戦地の無念 旧日本兵の遺留品返還活動、米国在住の女性来県」と記事も載せても頂きました。
今でもネット上で見ることが出来ますのでリンクを貼っておきます。
山形新聞 Website
http://yamagata-np.jp/news/201811/21/kj_2018112100425.php
Helping to Return Japanese Soldiers’ Belongings
U.S. Volunteer Visits Japan
Filled with His Last Words and Thoughts
Postcard Returned to Family in Ono-Cho
岐阜新聞に返還活動記事が紹介されました。
執筆されたのは出征された旧日本兵 杉山彦吉さんの姪に当たる
広子さんの娘さん(小森孝美記者)です!
大叔父・お母さん(姪)・そして娘さんとの絆をひとつにして
おきたい気持ちもあり、小森記者とも直接、お話をさせていただき
ネット上に掲載することを許可してもらえました、有り難うございます
Photo Album from Saipan – Might Have Belonged to Soldier from Asahikawa
Finding Clues from Locations Where Photos Were Taken
Representative of U.S. Organization Visiting Today
Seeking Information to Return to “Hands of the Family”
北海道新聞に私達の活動及び
アルバムのご遺族情報提供を求む記事が載りました。
Web版 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/249066?rct=n_war
【旭川】太平洋戦争に出征した元米海兵隊員の遺品の中に、サイパン島周辺から持ち帰った旧日本軍兵士の写真帳が見つかった。写真の撮影場所などから、旭川で編成された旧陸軍歩兵第89連隊所属の兵士の可能性が高いとして、遺留品の返還活動に取り組むジャガード千津子さん(66)=米イリノイ州在住=が16日、旭川市を訪れ、情報収集を行った。
写真帳は元米海兵隊員のアール・パルマーさん(1月に93歳で死去)が米フロリダ州の自宅に保管していた。長女が遺品の中から発見し、ジャガードさんが所属する市民団体に調査を依頼した。
集合写真のほか、青森県弘前市や旧満州(現中国東北地方)で戦友と撮った写真など約80枚が収められている。ジャガードさんは8月、旭川市内の協力者を通じ、毎年6月に第89連隊の慰霊祭を行っている北海道護国神社に写真のコピーを送り、協力を求めていた。
ジャガードさんは16日、護国神社を訪問し、鎌田友樹権禰宜(ごんねぎ)から「家族のもとに返せるよう協力する」との回答を得た。鎌田さんによると、写真に書き込まれた名字を基に、第89連隊の名簿などで該当する人を見つけて関係者に連絡を取っているが、現時点で手掛かりはつかめていない。
ジャガードさんは、パルマーさんが保管していた遺留品約110点を携えて10月29日に来日。岐阜、長崎、山形県で遺留品を返還するなどしてきた。「日本人の物は日本に返したい」と、情報提供を呼び掛けている。問い合わせ先は電子メールctjagg@gmail.com。(川上舞)
Returning Former Japanese Soldiers’ Belongings
“Hoping to Help Heal Bereaved Families”
More Than 50 War Memorabilia Including Japanese Flags and Notebooks
2009年8月7日に毎日新聞に私達の活動が掲載されました。
遺骨や遺品もないご遺族が多くいる、その人達を何とかしてあげたい。
「遺品が返ってきたとき、遺族が感激している様子がよく解る
それが僕の。生き甲斐」
「遺族の心を癒したい」
今は亡き、西羽潔様の遺品返還に対しての情熱が伝わる言葉です。
私自身もそのキモチを大切に1人でも多くのご遺族へ返還出来るよう
取り組んでまいります
Yosegaki Flag Returned Home
Addressed to Kamikaze Pilot from Shinshiro Noukaiko School
Kept in the U.S. Through Multiple Parties
Shinshiro Noukaiko School Alumni
Wrote to Alumni 61 Years Ago
Flag Returned to Alma Mater
Moved by the Fate of History
2005年7月21日付けの中日新聞、東海日日新聞に
日章旗返還の記事が掲載されました。
中日新聞
日章旗が62年ぶりに返還されました。
日章旗には新城農蚕学校の教師・生徒・関係者約90人が署名されており
これから予科練生になる稲垣さんの武運長久を祈って日章旗に名前を
書き込んだのだという。
東海日日新聞
His Flag Returned Home After 67 Years
Solider from Gero Who Died in Guadalcanal
Delivered to His Sister Sent by Air from U.S. Soldier’s Family
His Only Belongings – Family Overwhelmed
2009年3月14日 岐阜新聞に掲載されました。
ご遺族へ67年ぶりに米兵のご家族からご遺族へ
日章旗が返還されました。
日章旗が戻り「出征で家で見送ったきり、骨もなし。
優しい兄が立っている気がした」
と話し、西羽さんとゴードンさんへ謝意を送った。